高校無償化における外国人学校除外について
高校無償化の制度から外国人学校が除外されるという動きについては、教育の機会均等と多文化共生の理念の観点から考えてみました。
教育の機会均等と差別の問題
最も大きな懸念は、教育を受ける権利と機会の平等が、生徒の出身や通っている学校の種類によって損なわれる可能性がある点です。
・教育の公平性
日本で生まれ育ち、あるいは生活基盤を持ち、日本の高校に相当する教育を受けている生徒たちにとって、学校の種類(外国人学校か否か)によって無償化の対象から外されることは、実質的な差別に繋がる懸念があります。特に、経済的に困難な家庭の生徒が学びを継続する上で、大きな壁となります。
・在日コリアン学校などへの影響
特に在日コリアン学校など、長年にわたり日本社会に存在し、一定の教育的役割を果たしてきた外国人学校の生徒・保護者からは、「高校相当の教育機関を除外するのは差別だ」という強い批判が上がっています。
・制度の整合性
日本で高校教育に相当する水準の教育を提供していると認められる学校については、日本人学校と同等の教育支援を講じるべきであり、それが国際社会における人権保障や教育の普遍性の精神にも合致すると考えます。
財政負担と納税者の理解
一方で、除外の理由として財政的な負担や「納税者の理解が得られない」という意見があります。
・議論の焦点
日本人が海外の私立学校に通う費用を支援しないのに、外国の高校生に税金を使うことへの疑問が呈されています。これは、「誰のための公的支援か」という制度の根本に関わる議論です。
・教育と在留資格
外国人生徒を支援することと、留学生や外国人政策をどう切り分けるかが焦点となっています。日本に定住する意思を持つ、または永住資格を持つ親を持つ生徒への支援は、一時的な滞在である留学生への支援とは区別して考えるべきです。
多文化共生の視点
教育の場は、未来の社会を形作る生徒たちに多様性と共生の価値観を育む重要な場所です。
・社会の構成員として
日本社会で暮らす生徒たちが、出身を問わず等しく教育を受けられることは、彼らが将来、日本の社会の健全な構成員として活躍するための基盤となります。
・国際的な視点
グローバル化が進む現代において、様々な文化背景を持つ生徒への教育支援は、国際的な評価にも関わる問題であり、日本が多文化共生社会を目指す上でのメッセージにもなります。
外国人学校の教育内容の明示と支援について
外国人学校への公的支援を行うにあたり、その教育内容や教育目的の明示を求めるというご意見は、税金の使途の透明性と教育の質への説明責任という観点から、極めて正当な要求であります。
公的な支援を行う以上、以下の点が不可欠だと考えます。
支援の前提となる透明性
国民の税金が投入される以上、その学校がどのような教育を提供し、生徒にどのような資質や能力を育もうとしているのか、受益者と納税者双方への説明責任が求められます。
・教育の質の保証
支援の対象とするためには、少なくとも日本の高校教育に準じた学習時間と内容が確保されていること、特定の思想や目的に偏りすぎていないことなど、教育の質の一定基準が確認されるべきです。
・教育目的の明確化
学校が「母国の文化・言語の継承」や「国際的な教育資格の取得」など、その教育目的を明確に公表し、日本の教育制度との関係性をはっきりさせる必要があります。
制度化の方向性
教育内容の明示を実現し、支援の可否を判断するための具体的な仕組みとして、以下のようなことが考えられます。
1.「高校相当」の認定基準
・日本の文部科学省の定める高等学校学習指導要領の内容をすべて義務付ける必要はありませんが、生徒が卒業後に社会生活を送る上で必要な基礎的な学力(例:国語、数学、英語など)を保証するカリキュラムであることを求めます。
・第三者評価の導入や、卒業生が日本の大学入学資格を得られるかどうかといった客観的な指標を活用することも有効です。
2.情報公開の義務付け
・学校の運営状況(教員数、授業時間数、財政状況)や教育課程(カリキュラム、教科書など)を、学校側に公開を義務付けさせる。
3.審査プロセスの導入
・無償化の対象とするか否かを判断する際に、教育内容や目的を審査するための専門家や有識者からなる公正な委員会を設置し、透明性のあるプロセスで認定を行う。
このように、教育内容や目的を明示し、一定の基準を満たした外国人学校のみを支援の対象とすることは、教育の機会均等の理念と、公的支援の正当性・透明性を両立させるための現実的な解決策になると考えます。
保護者の立場で考える:高校無償化除外の現実
外国人学校に通わせる保護者、そして納税者である一般の保護者という二つの立場から、高校無償化除外の問題がどう映るか考えてみます。
1.外国人学校に通わせる保護者の視点
この立場の保護者にとって、無償化除外は「教育の選択」をめぐる経済的な罰則のように感じられます。
「差別だ」と感じる経済的負担と不安
・家計への直接的な打撃
日本の高校が無償化される中、自身の子どもだけが年間数十万円の学費負担を強いられることは、家計にとって非常に重い負担です。「なぜ、同じ日本社会で生活し、納税もしているのに、自分の子だけが対象外なのか」という強い不満と不公平感が生まれます。
・教育の機会の制限
経済的に苦しい家庭の場合、無償化の恩恵を受けられない外国人学校への進学を諦め、「母語・文化の継承」という教育方針を断念せざるを得ない事態が生じます。これは、子どもに最善の教育の機会を選ばせてあげたいという親の切なる願いを打ち砕くものです。
・将来への不安
外国人学校は日本の学校教育法上の「学校」ではないため、日本の大学進学や就職に際して不利益を被らないかという根本的な不安があります。無償化の対象から除外されることは、その不安をさらに増幅させ、「日本の社会から認められていない」という疎外感につながります。
2.一般の納税者である保護者の視点
この立場の保護者にとって、税金の使い方と、支援の公平性について、「納得感」が最大の焦点となります。
「なぜ支援が必要なのか」という疑問
・税金の使途への疑問
日本の学校教育法に基づかない学校に、自分の納めた税金が使われることへの抵抗感があります。特に、公立高校や私立高校に通わせる保護者は、無償化によって家計が助かっている一方で、「外国人学校の教育内容や目的が明確でなければ、公費投入に賛同できない」という説明責任の要求は極めて自然な感情です。
・公平性の感覚
「自分たちが選んだ私立学校に通う生徒が無償化の恩恵を受けるのは理解できるが、外国の教育カリキュラムに従う学校にまで支援をするのはやりすぎではないか」と感じる保護者もいます。支援の基準が「国民の納得感」から逸脱していないかが問われます。
・透明性への要求の賛同
外国人学校の教育内容や運営状況について、一般の学校と同じか、それ以上に透明性の確保を求める声は強くなります。子どもが将来関わり合うかもしれない他国の教育環境について、「最低限の質と目的は知っておきたい」という安心への要求です。
保護者間の理解を深めるために
保護者の視点で見ると、問題は「差別か否か」だけでなく、「子どもの教育の機会」と「納税者としての納得感」という二つの極めて現実的な問題に集約されます。
この問題の解決には、外国人学校側が教育内容を積極的に公開し、日本の高校に準ずる教育を保証することで、一般の保護者の理解と納得を得る努力が不可欠であると言えます。


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